月刊福祉 2004−5(第87巻第6号)掲載分,初期提出原稿

自然学校とコミュニティづくり

あそあそ自然学校代表
谷口新一


■あそあそ自然学校のあるところ
あそあそ自然学校は、富山県上市町下浅生地区で、農生活空間を遊びと学びの場とする自然環境教育を行っている。下浅生地区は、富山市中心部から約30km、周囲を山に囲まれた標高300メートルの集落で、現在我が家を含め4軒だけが生活している。我が家は5歳3歳1歳という3人の息子を含む8人家族であるが、他の3軒は高齢の女性が一人暮らしである。水道もない、携帯電話も通じない。私の妻は私の母が嫁いだ以来30年ぶりの嫁であるが、不便な場所に移り住んだいわば奇特な存在であり、何もしなければ廃村は時間の問題である。

■始めた経緯
きっかけは、平成10年春、富山YMCAから子どもたちを対象とする地元秘境釜池への冒険ウオーキングガイドを依頼されたこと。釜池は昔から集落共同で水の管理をしてきた自分たちにとっては何の変哲もないところだが、地域の魂や財産だと気づかされた。地域の活性化のためには交流が必要で、交流を通して地域を再発見する活動を継続していきたいと思った。その後、私は子どもに恵まれた。近所のおばあちゃんたちは、自分たちが暮らしてきた下浅生からは離れたくないと顔なじみ同士畑仕事や世間話を楽しんでいたが、私に子どもができてからは、団子を作っていただいたり伝承遊びで一緒に遊んでいただいたり楽しみが増えたようだ。自分の住む集落で子どもたちとふれあい自分を発揮する機会が増えれば、もっと楽しくそしてやりがいのある人生を送れるのではないかと考えた。また、私が幼い頃の下浅生地区には同年代の遊び相手も多くいたが、今では息子たちに遊び相手がいない。子どもを自然の中で育てたいという思いはあるが、物心ついた時に遊び相手がいないようでは困るという危機感もあった。都市の子どもたちとの交流が息子たちの成長のためにもよいのではという極めて個人的な思いもあり、自主活動をスタートした。

■平成15年度に行った事業
あそあそ自然学校では、富山県民カレッジ自遊塾、1dayスクール、出張スクールを中心に活動している(プログラム一覧表参照)。自遊塾は、素人の県民が自分にはこんなことが教えられると宣言した県民教授とそれを受講したい県民を結びつけるユニークな生涯学習システムである。平成15年度には8組21人の親子が参加し、「田植え・稲刈り」や「流しそうめん」、「落ち葉焚きでほっかほっかのヤキイモづくり」など計9回の連続講座を実施した。 例えば田植え。下浅生地区では小規模ゆえ田植え機を所有している人がいない。よって昔ながらの苗代づくりと手植え。まず最初におたまじゃくしもわんさかいる苗代に裸足で入る。ぬるっとした感触に歓声。苗代から稲苗を手づかみして引き抜く。泥が付いているのでちゃぷちゃぷ田んぼの水面にあてて根っこを傷めない力加減で泥を落とす。藁ひもで特殊な縛り方で束ねる。我が家の96歳のひ祖父さんも参加するが、熟練の技に子どもたちも目からうろこ。耳は遠いが、この時ばかりはスーパーおじいちゃん。本人は当たり前のこととして淡々と作業しているだけだが・・・。苗がストックできたところで、いよいよ田植え。田んぼを2つに分け、一方を子どもエリアに。最初に植え方のコツを教えるものの、困ったら聞いてねという程度で大人からの口出しはなし。枠を回した十字のところに苗を植えていく。子どもたちは自由奔放さを大発揮しつつやり遂げるも、根っこが定着しそうにないものがあり、理由を伝え大人と一緒にやり直し。収穫の厳しさも伝える。もう一方の大人エリアでは、集落のおばあちゃんたちが手伝い。子どもたちの明るい笑顔に元気が出る。60歳以上も離れた異星人が何をやりだすか興味津々。好奇心は精神的に若返る。子どもたちにとっても、大人エリアの仕事の進み具合や完成度の高さを見て、おばあちゃんそして親の偉大さを感じているだろう。作業が終わり一緒に昼ごはん。あるおばあちゃんはどくだみ茶を持ってきてくれた。自分にできることをして喜んでもらえるのが嬉しいようだ。いつもと違った日常が子どもたちそして集落にも明るい効果をもたらしている。 夏には流しそうめんづくりをした。裏山からの竹の切り出しから始める。どんなところに竹が生えているのか、どんな葉っぱかなど、五感で竹そのものを感じてもらおうというねらいがある。切った竹は鉈で枝を落とした後、子どもたちが競い合って運ぶ。水場に到着。流し竹床は大人が担当。竹椀づくりと竹箸づくりを子どもたちが担当。のこぎりで節を含めて2箇所切断すると椀ができる。箸は竹を鉈で縦に切り裂いたものをナイフで思い思いに削りささくれをとれば完成。秋にはヤキイモづくりをした。燃料となるスンバ(スギの落ち葉)を集める作業や火をくべる作業も子どもたちにしてもらう。そうめんにしろヤキイモにしろ食にからんだプログラムは子どもたちに大人気だが、親や高齢者との共同作業を伴うように工夫している。作業という食べるための仕事をすることで農業や自然とのつきあい方を体感してもらうとともに、異世代で共同作業することで、次代に引き継ぐことの大切さや感受性を高めてもらいたいと考えている。また、0歳から高齢者までが集い異世代で共同作業することで、自分の存在を認知し自己肯定感と責任感を育める。経験的には、どうも人間の本質として自分より年齢が下の子どもがいることが自分の存在感をより高めるようだ。 農生活空間では、自然体験、社会生活体験、ものづくり体験など、リアリティある体験がストーリー性を持ってできる。農業力ともいわれるが、農生活空間には自然の存在だけでなく、高齢者という人文化の存在もある。教育の場として最高なのではないだろうか。

■大学生の参加
昨年、ホームページを見て応募してきた大分県と埼玉県の大学生2人をインターンシップとして受け入れた。受け入れ理由は4つある。プレイリーダーとしてスクール運営への直接的な協力期待、大学生からあそあそ自然学校への提案、インターンシップ受け入れという社会的ニーズへの対応、そして大学生自身が成長する機会の提供である。大分県の立命館アジア太平洋大学の大八木さんから次のような感想をもらった。「富山に行く前にまわりから、インターンシップをどうして企業でしないのか、なぜ富山なのかなどさんざん言われました。そのときははっきりと答えられませんでしたが、今ではその人たちに何日かけてでもこの体験などを自慢したいくらいに思っています。」私も含めあそあそ自然学校に係わる人すべてがそれぞれのペースで成長していく場にしたいと思っていたので、世話人冥利につきる感想をいただいた。また、プレイリーダーとして延べ約30人の地元大学生が手伝ってくれたが、富山大学からほぼ毎回協力してくれる学生がいる。子どもたちも顔なじみとなり、年齢が近いということもあってか、かくれんぼを1時間でも2時間でもしている。大学生も楽しいといい、子どもたちも時間を忘れて遊んでいる。息子たちも普段は相手がいなくて遊べないかくれんぼを夢中になって遊んでいる。「(自分の子どもが)こんなに集中して遊ぶ姿はほんとに久しぶりに見た」という親もあった。大学生の参加によって、ピアサポート的なお互いの成長の場になっていると思う。

■コミュニティづくり
コミュニティづくりに必要なこととして、「対等性」と「コーディネーター」が挙げられる。 対等性のないところでは、そもそもコミュニティは生まれない。構成する個人それぞれが尊重される場であるということがコミュニティの成立要件である。その上で、それぞれが楽しく継続的に集うには、個々の問題解決につながる場、やりがいや持ち味を発揮する場となることが求められる。コーディネーターの存在が重要となる。地域のおばあちゃんは何を望んでいるかどういう役割を担当してもらったら喜んでもらえるか、大学生は何を求めてあそあそ自然学校を手伝ってくれるのか何を担当してもらったら将来のための経験資産としてもらえるだろうかなど、事業を支えるすべての人のやる気を引き出すコーディネーターが、コミュニティづくりにとって肝要である。

■まとめ
コミュニティというのは、多元的で多様性があってはじめてコミュニティたりうると思う。コミュニティは生活の場であり、多様性があってこそ豊かである。子どもにとって、一つの価値観で家庭も学校もそして地域社会も共通化されていては、息苦しくてしょうがない。「多重帰属」ということが、子どもにとってそして大人にとっても、積極的な意味および消極的な意味両面において重要である。積極的な意味とは、いろいろな価値観に触れ経験を積み自分の成長の肥やしにするという面である。消極的な意味とは、いじめや不登校、ひきこもり、自虐など、別の居場所や別の価値観によって死のリスクを回避するという面である。学校の大切さは全く否定しないが、学校共同体というなかよしの場、なかよしさせられの場ではないもうひとつの学校としてあそあそ自然学校を運営していきたい。異世代の人が多面的に集う、自己決定による多様な人間関係の場にしていきたい。

あそあそ自然学校・ホームページ
http://www.exe.ne.jp/~npp/asoaso/

【プロフィール】
谷口新一(たにぐちしんいち)
1965年富山県生まれ。
1987年東京大学経済学部卒業。
1987年北陸電力株式会社入社。


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